ついに「14年間、想い続けてきた夢」が叶う!「夢は絶対に叶う」はウソ。けど、想い続けなければ夢は叶わない。


「ライバルに勝ちたいGK」へ!グローブ

 

★前回ブログ⇒【この状況で「オファー」が3つ届いたら、あなたならどうしますか?】(☜)の「続き」です!!

 

※その前の「チャイナリスク編」の話は以下のリンク先になります!

①【「14年間、想い続けてきた夢」は、果たして叶うのか?】(☜)

②【ついに「14年間、思い続けてきた夢」が叶うチャンスがやってくる。しかし…】(☜)

★各方面に「衝撃」与えた話⇒③【「14年間、想い続けてきた夢」が叶うはずが…。驚愕の「チャイナリスク」の落とし穴の餌食に…】(☜)

④【「チャイナリスク」に真っ向から立ち向かう。「できる事、やるべき事」を全てやり尽くさなければ、それが本当に「諦めるべき」事なのかどうかすらも分からない】(☜)

 

今年(2016年)1月に中国の普寧市に「出張GK指導」で上陸した際に「普寧市に新たに立ち上げる少年サッカー育成の協会」の「監督就任」オファーを受ける⇒

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条件面でも合意し、普寧市で働く事を決断。2ヶ月後の3月に監督として正式に働くために普寧市に再上陸。「サッカーで中国で働く」という「14年間、想い続けてきた夢」が叶う瞬間が、ついにやってくる。はずが…⇒

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再上陸してみると、まさかの「協会は存在すらしなかった(働く事になるはずだった場所はどこにもなかった)」事が判明。ここから驚愕の「チャイナリスク」の泥沼に引きずり込まれていく…⇒

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政府の許可が下りず「協会設立」計画自体が「頓挫」⇒

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この頓挫騒動を巡り、僕を招聘した普寧市の中国人関係者たちの仲間割れが勃発して「中国人グループ解散」⇒

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他の別のオファーを断ってまで普寧市に再上陸していたため、当然、そのチャンスも消滅⇒

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こうして、何もかも…全てが「完全消滅」。異国の地で、全てを失う。正に八方塞がりの絶体絶命の窮地に追い込まれる(これら全てが、期待と希望を胸に普寧市に再上陸してから僅か「1ヶ月以内」に起こった出来事)⇒

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それでも「諦める前に、できる事、やるべき事を、全てやり尽くす」という精神で行動を開始⇒

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まずは、度重なる説得の結果、仲間割れし解散してしまった中国人グループの関係を何とか修復し、「グループ再結成」に成功!⇒

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「協会設立」は政府や既存の普寧市サッカー協会の許可が下りず、どうやっても実現不可能なので、協会ではなく「サッカークラブ設立」し、そのクラブの中で少年サッカー育成のスクールを立ち上げて活動していく…という、新たな方向性が決まる⇒

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しかし、僕たちの活動を良く思わない政府や既存の普寧市サッカー協会の許可がまたも下りず、妨害工作も受け「サッカークラブ設立」の話は全く進展しないまま、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月…と時間だけが空しく過ぎていく…絶望的な状況。出口の見えない「ブラックホール」に飲み込まれてしまう…⇒

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そんな「ブラックホール」に一筋の光明が差し込む。一体、どこで僕の存在を知ったのか?いつ、誰から僕の話を聞き付けたのか?…分からないが、突如、山東、深セン、広州…という中国内の3つの異なる都市のチームから、立て続けに「コーチ就任」オファーが届く!⇒

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さあ、どうする?

 

果たして、僕が下した「決断」は…?

 

ようやく、喉から手が出るほど欲しかった「ブラックホール」から抜け出すチャンスがやってきたのですが…。

しかし…。

 

「14年間、想い続けてきた夢」が叶うはずが…。驚愕の「チャイナリスク」の落とし穴の餌食に…】(☜)でも書いたように、僕は僕を招聘した普寧市の中国人関係者たちに「○○(設定期日)までに全ての物事(協会立ち上げなども含む)が実行されなければ、1年分の給料を違約金として受け取り、日本に帰国する」という「労使協定」を結ばせていました。

 

ところが、この3つのオファーを受けた時点では、その「設定期日」は、まだ過ぎていませんでした

 

「設定期日」内は、あくまでも僕の優先権は普寧市にあり、普寧市に残って「サッカークラブ設立」や、ブログには書けていませんがその他たくさんの未解決の問題の動向を見守るしかなかったのです。

 

それでも…。

 

僕を招聘した普寧市の中国人関係者たちは、元々がムチャクチャで約束をスッポかす事もしょっちゅうだし、「労使協定」を本当に守るのかどうかも定かじゃないような人物たち…。

「設定期日」など無視し、「労使協定」を破棄して、他の3つのオファーに行ってしまう強硬手段も、とろうと思えばとれなくもありませんでした。

 

けど…。

 

僕は「サッカー文化も人気も全くない『サッカー不毛の地』である普寧市で、全くのゼロから全てを自分たちで創り上げていく」という、これまでの人生にはない新たな挑戦に惹かれたからこそ、今回、普寧市に、中国に来たのであり、やはり実現可能なのであれば「普寧市でやれる限りの事をやり切りたい」という気持ちが心にありました。

それに、ここまでは問題点ばかりを書いてきましたが、僕を招聘した中国人関係者たちは、住居、食事、冷蔵庫、洗濯機、スマホ…生活に必要なあらゆるものの無償提供(☜)はもちろん(これも「労使協定」の条件に入れていたので当然と言えば当然なのだが)、僕が「猫が欲しい」と言えば猫をくれ(☜)、猫を飼うのに必要なケージやその他諸々の猫用品も全て僕に無償提供してくれ、他にも僕が望むものはほぼ全て無償提供してくれるなど、僕を本気で必要とし尽くしてくれている、その誠意はひしひしと伝わってきました(ただ、最終的には無償提供してくれるんだけど、どれも約束の期日を大幅に過ぎてからで、とにかく遅いのが難点)。だからこそ、問題は多々あれど「普寧市に残って彼らのこの気持ちに応えたい」という想いも僕の中にありました。

彼らのこのような手厚いサポートのおかげで、問題はたくさん起こってはいましたが、ここまで僕は普寧市でただの1円も自分のお金を使う事なく生活できていました。

さすが、中国。「お金で解決」できる事に関しては、大抵、何でも解決できるのです(ただ、何度も言うようだが解決のスピードが遅いのが難点)。これは経済大国となった今の中国の大きな利点の1つです。

「中南米最貧国の1つ」と言われるホンジュラスではそうはいかず、もっともっと過酷な生活を送ってきたので、その「ありがたみ」が人10倍分かりますし、「ホンジュラスの時と比べればずっとマシだし、希望が持てる幸せな状況だ」と感じました。※詳しくは⇒【今が例えどんなに苦しくても、それを乗り越えた「経験」が必ず未来に役立つ】(☜)

 

※ラテンアメリカの「貧困率」。唯一「60%」超え(66.2%)のホンジュラス…。正にラテンアメリカの「最貧国」。このホンジュラスで過ごした日々は本当に想像を絶する過酷さでした(体重が10kg減少)(☜)。それでも「幸せ」を感じながら生きていましたが。「ラテンアメリカ最貧国」のホンジュラスから、「世界第2位の経済大国」中国へ。当然ながら生活の至るところで「違い」を感じます。15356540_1347746878634160_2303157987514466200_n

 

ちなみに収入に関しては、職場になるはずの「サッカークラブ設立」(本来は「協会設立」って話だったのだが、いつの間にか変わった)が未だ実現しないものの、日本に居た時からずっと行ってきたメディア向けやGK個人向けの「GK分析」業務(☜)や「GKノウハウ・電子書籍」の販売(☜)、「GKアドバイザー(人生相談も)」業務(☜)などが普寧市再上陸後も機能し売り上げを出していたので、収入は継続できていました。「日本にいなくても、ネットを介して海外に居る自分と日本を繋いで収入を得る仕組み」を構築しておいた事が、この「絶体絶命の窮地」で活きたのです。これも全ては仕事依頼をして下さった方々、商品を購入して下さった方々のおかげです。この場を借りてお礼させて頂きます。皆さん、本当にありがとうございます。

 

 

こうして、僕は、

 

「新たな『3つのオファー』を断り、労使協定の『設定期日まで』は普寧市での可能性に賭けて、待つ」事を決断。

 

自ら「3つのオファー」のチャンスを放棄し、出口の見えない「チャイナリスク」の「ブラックホール」の中へと、再び飛び込んでいきました。

恐らく「お前はバカか!?」と思われる方も多いと思います。

実際、せっかくのチャンスを放棄し、待つだけ待って、これで普寧市の「サッカークラブ設立」計画すらも頓挫して全てを失ってしまえば、本当に「バカ」ですし、路頭に迷ってしまう…さらに危機的な状況に陥ってしまうのは明白です。しかも「3つのオファー」を断った時点では、「サッカークラブ設立」計画は進展の気配すらなく、実現の見通しは全く立っていなかった…。

 

「普寧市での可能性に賭ける」選択は、あまりにも…あまりにも「危険過ぎる賭け」でした。

 

それでも僕は自分の信念を貫き自分の直感を信じ、「普寧市での可能性に賭ける」道を選びましました。

 

果たして、この「決断」「選択」は、「吉」と出るのか?「凶」と出るのか…?

 

その「答え」は…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年(2016年)3月に普寧市に再上陸してから、「4ヶ月」が経過した、7月。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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数え切れないほどの紆余曲折と修羅場を経て…

 

 

ついに「サッカークラブ設立」が実現!

 

「サッカー不毛の地」普寧市で「初」となるサッカースクール活動が開始されました!

 

※普寧市には過去にサッカースクールが1つもなかったようで、我々が普寧市で「初」のサッカースクール活動だと言われています。下は我々のサッカースクール活動の広告です。

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今年(2016年)3月に普寧市に再上陸してから、ここまで辿り着くのに要した月日は「4ヶ月」。

終わりがないように思われた長い長い途方もない道のりの「ブラックホール」を、ようやく抜け出す!本当に長く長く長く…長過ぎる険しい道のりだった…。

ちなみに労使協定の「設定期日」は、実はもうこの時点で過ぎていました。結局、労使協定で定めた「設定期日」も守られず、「期日オーバー」しての実現でした。そこら辺は、さすが中国…。協定や契約、約束など、あってないようなもの。話が二転三転し、信じていたのに何度も裏切られ、本当に腸煮えくり返るような心境でしたが、期日オーバーはしたものの、まずはこうして「無事にサッカークラブ設立が実現してサッカースクール活動が正式な仕事として開始された」事が重要でしたし、喜ばねばなりませんでした。

我々の事を毛嫌いし妨害工作を行っていた政府や既存の普寧市サッカー協会の要人たちに挨拶回りしお茶を飲みながらの交流を重ねて、コツコツと良好な関係と有力な人脈づくりをしてきた事(☜)など、地道な行動が「4ヶ月」経ってやっと報われました…。

ほぼ無計画で行き当たりばったり、問題は数え切れないほどあるものの、何もないゼロ…いや「マイナス」の状態から、本当に「サッカークラブ設立」までもっていき「サッカースクール活動」を実現させた事は、中国人のもつ底知れぬ「情熱」「パワー」「エネルギー」「バイタリティー」「行動力」の凄さを感じました。日本のようにしっかりと計画と見通しが立ってから行動を開始するのではなく、無計画で全てが不透明なまま、怖いもの知らずで「まずは行動」して物事を強引に創り上げていく…。まあ、だからこそ僕は「職場(当時の話では『協会』)」が「ない」にも関わらずオファーを受け、結果、正式に監督の仕事が始まるまで「4ヶ月」も待たされる事となるのですが…。

 

「普寧FCの『FC』は英語(外国語)だから認めない」とイチャモンを付けられ許可を得られなかったため、クラブ名は

 

普寧双興足球倶楽部

 

「普宁双兴(プーニン・シュアンシン)足球俱乐部」と改名。

上の写真を見てもらっても分かるように、7月に普寧双興足球倶楽部のサッカースクール活動を開始したばかりの頃は(上の4枚は本当に初日の写真)我々の活動は誰にも認知されていなかったので、少人数からのスタートでした。しかも、ご覧のようにお揃いのチームユニフォームすらなく、中にはジーパンやサンダルで練習参加する子もいるなど、何もかもが不足した、全てが手探り状態でのスタートでした(このスタートも、7月に入ったある日、突然、中国人関係者から「明日からサッカースクール活動を始める」と何の前触れもなく本当に突然、告げられ、全く準備も何も整っていないまま始まってしまうなど、正にドタバタのスタートでした。ここら辺も「中国」…)。

 

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※月日を重ねるごとに徐々に子供も増えていきました。そして、チームユニフォームもようやく揃いました。ちなみにこのユニフォーム。我々の中国人グループの幹部の1人が衣服を製造する会社の社長で、その社長の工場でこのユニフォームを自前で作りました。文字通り、全てが「手作り」のサッカークラブなのです。

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こうして何とか無事に(「4ヶ月」もかかったが)普寧双興足球倶楽部が立ち上がってサッカースクール活動が始まり、普寧市での仕事も徐々に軌道に乗って先の見通しが立ったので、ずっとここまで「リスク回避」のためあえて保留していた「契約」(☜)を、ようやく正式に締結する事となりました。

 

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※実は契約内容に関しても二転三転…。事前の確認で「両者で合意したはずの条件が盛り込まれていない」などのトラブルが相次いだため、何ヶ月にも渡って確認と修正、交渉を繰り返し、やっとこの正式契約締結まで辿り着いたのです。一事が万事、全てが一筋縄ではいかない…。前回、確認した時と内容が変わっている危険もあるため、この日の正式契約締結の直前も、このように何度も何度も内容を入念に確認しました。こういったところは、サッカーに限らず、中国とビジネスをされる方は気を付けた方が良いです。

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ちなみに正式契約締結時に「KELME」のユニフォームを着ていますが、この頃からKELMEと提携し、コーチングスタッフの服はKELMEで統一されました。

給料はちゃんと支払ってはくれるものの、最初は遅延が続き、これには僕も激怒…。「『お金=信用』だ。お金(給与)の期日はしっかり守るべき」と何度も厳しく指摘しますが、一向に改善しない…。かと言って中国で「押してダメなら引いてみろ」は一切、通用しない。引いたら「ああ、これで良いんだな」と思われ、余計に問題解決しないのです。これには本当に頭を悩ませる…。

一体、どうすれば良いのか?

そこで僕が考案したのが「押してダメなら褒めてみろ」作戦。給与数日前からクラブ幹部を「あなたの仕事は素晴らしい!」と大絶賛しておだてまくります。すると…。何と、それ以降はしっかり「期日通り」に給料を支払ってくれるようになったのです!マニュアルなど存在しない。何事も「肌で感じて学び、実行」していくしかないのです。

何にしても「交渉できる」だけホンジュラスよりはマシですよ。ホンジュラスなら給与遅延や未払いをクラブ幹部に言及、交渉しようものなら「即クビ」か、ジョーダンではなく本気で「消される(殺される)」危険がありますからね…(実際、僕もそういう危険な状況があった)。だからホンジュラスでは何か問題が起こったら「泣き寝入り」するしかない。中国はまだ「交渉できる」。そこがお互いにハチャメチャな国ながらも、中国とホンジュラスの大きな「違い」です。※詳しくは⇒【横浜FMモンバエルツ監督と松永成立GKコーチの「口論」問題は、果たして「あり」なのか?】(☜)

 

共に働くコーチングスタッフはサッカーの素人に近く、技術や戦術云々の前に「ボールはどこに置くべきか」「コーチの立ち位置は」など初歩の初歩から教育せねばなりません。これまでの7年間のコーチ人生で培ったもの「全て」(本当に「ゼロから全て」)を彼らに還元する事が求められています。

 

普寧双興足球倶楽部でのサッカースクール活動だけにとどまらず、サッカー文化も人気も全くない「サッカー不毛の地」である普寧市にゼロ…いやマイナスからサッカーを普及させるために、地元の小中学校を出張指導して回ったり(☜)、他にも小中高校の教師を対照とした「サッカーとGKの講習会」も開催(☜)するなど、あらゆる活動を幅広く行っています。

 

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こうして僕は普寧市の地で、「サッカーで中国で働く」という

 

「14年間、想い続けてきた夢」をついに叶えました。

 

「14年間、想い続けてきた夢」が叶った、今の心境は…

 

「幸せ」

 

この一言に尽きます。

ここまで辿り着くのに、本当に数え切れないほどの紆余曲折、修羅場、チャイナリスク、ブラックホール…様々な困難がありましたが、どんな状況でも可能性を信じ続け、諦めず前進し、そこを何とか魂で乗り越えて「辿り着いた先」にあったものは…

 

「夢実現」であり「最高に幸せな日々」

 

でした。

今、僕は中国で、「1分1秒に幸せを感じながら」生きています

 

「夢」って、「実現」してみるもんですよ。

よく「夢じゃ食えない」と言われますが、おそらくそれを言う人の大半は「夢」の「実現」まで辿り着かなかった=「夢で食える」段階まで行けなかったから、そう言うのではないでしょうか?

 

けど、ですね。

 

「夢」は「実現」すれば「食える」んです。

 

「夢」を「実現」して現実世界で「仕事」にできれば「食える」

 

ただ僕は、「全員が全員、夢を追う必要はない」と考えます。

今回の僕の話をご覧になって頂いても分かるように、「夢を追う」のは多大なるリスク、苦しみ、犠牲が伴います。本当に過酷で厳しい道のりです。もし「実現」できなかった場合、「失う」ものもあまりにも大きい…。だから僕は無理に「全員が全員、夢を追う必要はない」と本気で考えます。それでも「夢を追いたい」人は追えば良いし、「追いたくない」人は追わなければ良い。

 

そもそも、「夢を追う、追わない」は重要じゃないんです。

重要なのは、夢を追う人生だろうが、追わない人生だろうが、

 

自分が心から「幸せ」を感じられる人生であるかどうか?

 

なのです。

想像を絶する道のりではありましたが、今、僕は心からの「幸せ」を感じながら生きています。その事がなによりも「重要」です。

 

【動画】これが僕が住んでいる普寧市です。音楽と共に「これぞ普寧市!」という風景が流れます。この動画をご覧頂ければ「普寧市」がどんな場所か、また、その魅力も伝わるはずです。広州のチームからオファーを受けた際「こんな何もない田舎の普寧市より大都市の広州の方が良いのに、なぜ普寧市を選ぶのか?広州に来るべきだよ」と言われましたが、僕にとっては普寧市も凄く魅力的な場所なのです。それは下の動画を見て頂いても分かるかと思います。ちなみに普寧市は中国人でも知らない人が多く「辺境の田舎」と言われますが、人口は「約200万人」。京都市や広島市より多い!日本人にとっては全然「田舎」じゃないんですが…。バスケットボールをしているシーンがたくさん出てくるのを見ても分かるように、普寧市はバスケットボールは盛んですが、サッカーは全く盛んではなくやってる人もほとんど見かけない…(動画の中ではほんの少しだけサッカーをしているシーンがありますが)。普寧市は正に「サッカー不毛の地」なのです。

 

サッカーで中国で働く」という夢を叶えるのに、「14年間」もの年月を要しました。

プロサッカー選手になる」という夢を叶えるのにも、中学1年生の頃から想い続けて2005年にホンジュラスの地で26歳で実現(☜)するまで、「14年間」もの年月を要しました。

ホンジュラス代表GKコーチになる」という夢を叶えるのには、2014年に「U-20ホンジュラス代表GKコーチ」に34歳で就任して実現(☜)するまで、「6年間」もの年月を要しました。ここで実現したのは「U-20ホンジュラス代表GKコーチ」であり、「ホンジュラスA代表GKコーチ」の夢を叶えるには、さらに多くの年月を要する事となるでしょう。

 

「夢を叶える」のには、途方もない時間と労力がかかる。同時に多大なるリスク、苦しみ、犠牲も伴う。

しかも、どれだけ時間と労力をかけたとしても、どれだけリスク、苦しみ、犠牲を払ったとしても、本当に「夢が叶う」のかどうかは、誰にも分からない。むしろ「叶う」可能性の方が低い。

 

だからこそ、「夢を叶える」のは、難しいんです。

 

よく「諦めなければ、夢は絶対に叶う!」と言われますが、僕はこれは「ウソ」だと考えます。

例えば仮に「ノイアーのようになりたい」という夢をもつGKは、「諦めなければ、絶対にノイアーのようになれる」のでしょうか?

まず、なれないんですよ。

もちろん可能性はゼロではありませんが、大抵の人は「なれない」し、この夢は叶わない。もし「諦めなければ、夢は絶対に叶う」のであれば、世界中のGKがみんなノイアーのようになれるはずなんです。世界中ノイアーだらけになる。けど、そんな事は実際にはありえないですよね。

本当に「諦めなければ、夢は絶対に叶う」のであれば、誰だって最後まで諦めずにやれるんですよ。簡単なんです。

でも現実は、どんなに諦めずにやったとしても、叶わない夢は叶わないし、報われない。

だからこそ、みんな途中で「諦める」んです。

 

しかし、そんな中でも、

 

「想い続けなければ」夢は叶わない

 

多大なるリスク、苦しみ、犠牲を払い、何年も何年もかけて諦めず挑戦し続け、それでも夢実現の可能性は極めて低く、結局、最終的に夢が叶わなくてこれまでやってきた事がまるで報われず全部パーになり、全てを失ってしまう…そんな命綱もない、後戻りもできない、綱渡りのような危険な状況の中でも、「夢を諦めず、想い続ける」事ができるか?

 

僕は「サッカーで中国で働く」という夢を「14年間」も想い続けて、やっと…やっと、36歳で叶えました。

ここに辿り着くまでに、本当に多大なるリスク、苦しみ、犠牲を払いました。「失ったもの」も数え切れません。

けど、それらはすでに過ぎ去った「過去」の事。

 

ようやく「夢実現」した「今、目の前の人生」を、心からの「幸せ」を感じながら、ただただ全力で生きるのみです。

 

「チャイナリスク」は、これで終わりではないでしょう。「中国」は、そんな生易しい国ではありません。今後も予想外の問題が多発するはずです(てか、現に、今も現在進行形でいろんな問題が発生している。それはまたブログで書いていきます)。

 

それでも、僕は、

 

「14年間」も想い続けてやっと実現した「夢」の中にいる「今の自分」の「目の前の人生」を、今後も心からの「幸せ」を感じながら、ただただ全力で生きていきます!

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②≪「海外挑戦すべきか、しないべきか?」 正しい【決断】を下せる「3つ」の方法〈前編〉

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④≪「海外挑戦すべきか?」正しい【決断】を下せる「3つ」の方法〈後編〉 お金、治安、語学…目標はあるけど【決断】できない人へ

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