アメリカ初上陸!!


 どうもどうも!「日本→中国→アメリカ→…」の第二弾です!第一弾は結構まじめな話を書きました。本当は、海外ならではのおもしろい話しがもっともっと有るのですが、それはもう少し後で書いていきたいと思います。今回もまじめな話しを書きます!あーけど、おもしろい話も早く書きたい!!
 中国で「人生最高の日々」を過ごした後、プロサッカー選手を目指して、「2003年12月」、アメリカに初上陸しました。これを含め、アメリカには3度、合計約1年間滞在しました。
 …で、この第1回目の「アメリカ初上陸」。中国で知り合ったアメリカ人の親友が、現地で僕がプロチームのトライアウトを受けれるよう、チームとの連絡はもちろん、宿泊先やレンタカー、航空チケットの手配も含め、全てのサポートをしてくれました。彼には本当に感謝の気持ちで一杯です。中国ではサッカー協会のルールも有り、トライしたくてもできなかった。アメリカでようやくチャンスを得て、期待と不安の中、新たな挑戦が始まりました。

 しかし、それは同時に「困難」の始まりでもありました…。

 合計3チームのトライアウトを受ける予定でしたが、1つは中止、もう1つは、現地に着いた後「やっぱGKはいらない。」と言われ、納得できず、またも直談判して、何とか練習にだけ参加させてもらう…という状況でした。

※彼が僕の事を全力でサポートしてくれた、中国で知り合ったアメリカ人の親友タイラーです。彼には本当に感謝の気持ちしかありません。ニューヨークの空港にて。
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…けど、唯一受けたUSL(ユナイテッド・サッカーリーグ)2部の「ハリスバーグ・シティーアイランダーズ」のトライアウトで監督に評価され、「2度目のトライアウトは免除で、チームキャンプに参加して欲しい。」と連絡が有り、一時日本に帰国した後、またアメリカに行く事になりました。
 こうして、2度目の渡米が決まりました。

 「2004年3月」。ハリスバーグ・シティーアイランダーズのキャンプに参加するため、再びアメリカに上陸しました。前回、僕を助けてくれたアメリカ人の親友は、中国で英語教師になったので、すでにアメリカにはいなく、今回は自分1人での活動となりました。

 監督からホームステイ先を紹介してもらい、そこから送り迎えされて毎日の練習に参加。
 …しかし、残念ながら、僕はこのチームにフィットする事ができませんでした。GKコーチとも選手とも何かが噛み合わない。モチベーションすら上がらない日が有ったほどです。けど、日を重ねるごとに徐々に溶け込んでいき、「さあ、これから!」と思った矢先、監督から「不採用」を告げられました。
 シーズン開幕2週間前の出来事でした。
 何となく結果は予想できていたとは言え、いざ「不採用」を告げられた時は、本当にショックでした。大学卒業時以来のあの感覚…「サッカーに嫌気がさした。」…そんな心境でした。当時、「24歳」でした。
 「不採用」を告げられた後は、毎日、何も無い中、ホームステイ先の家で、ただ時間だけが過ぎていく…。ホームステイ先のアメリカ人には相談しましたが、日本語で相談できる人は周りに誰も居ない。そんな中、帰国チケットの日にちは刻一刻と迫ってくる…。本当に苦しい状況でした。

 そんな状況を変えるきっかけになったのは、ハリスバーグ・シティーアイランダーズのプレシーズンマッチを見た事です。ハリスバーグ・シティーアイランダーズは、キャンプで最も出来の悪かったGKを採用していました。それを見た時、僕の心にまた火がつきました。「負けられない!」

 その後、僕は、帰国のチケットを捨て、ビザ無しで滞在できる3ヶ月間をフルに使って活動をしていく事に決めました。

 …それからはMLS(メジャーリーグサッカー)、USL(ユナイテッド・サッカーリーグ)に所属するプロ、セミプロチーム合計約100チームに「トライアウトを受けさせてくれ。」とメールする毎日です。しかし、なかなか良い返事はきません。特にプロチームはすでにシーズンが始まっており、チーム構想が決まってる状況なので、ほとんど返事はきませんでした。
 しかし、2度、3度としつこくメールしていると、徐々に返事が増えてきました。…とは言っても、返事は全部で10チームにも満たなかったし、その半分は「いらない」で、あとの半分は全てセミプロチームからのものでした。そんな中、1番最初に具体的なトライアウトの日程をくれた「パームビーチ・プーマス」というセミプロチームのトライアウトを受けに行く事に決めました。
 ハリスバーグからフロリダのウェスト・パームビーチまで、バスで24時間かけての大移動。そして到着した次の日からトライアウト開始。3日目には試合に出場し、それが大きなテストとなりました。
 …その試合で、これまでの鬱憤を爆発させるような活躍をし、試合後は監督から合否を聞くまでも無く「これは合格した。」と確信しました。
 そして案の定、監督から「うちでプレーして欲しい。」と正式に合格を告げられ、パームビーチ・プーマスへの入団が決定しました。立正大学を卒業後、約2年ぶりの正式な所属チーム。セミプロとは言え、アメリカのアマチュア最高峰リーグだし、何よりやっと所属チームが決まったという事で、素直に嬉しかった…。

 けど、これもまたまた「困難」の始まりでした。

 つづく

Yoji

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