『パナマ編 ~その3~』 人生の法則。「自分に相応しくない場所には、挑戦するまでもなく、そこに辿り着けない。」


 「パナマ挑戦」から、「パナマ観光」に目的変更したとは言え、「パナマの名所を旅して周っている」…わけでは、ありません。ドナルド・ゴンサレスが行く場所、行く場所に自分も付いて行って(ドナルドの車に乗せてもらって)、「ついでに観光」…といった感じの生活を送っていました。
 そして、パナマに上陸してから、6日目…。
 2007年2月26日(月)
 ドナルドが首都「パナマ・シティー」にある「Chorrillo(チョリーヨ)」というチームと契約し、プレーするために、これまで生活してきたドナルドの故郷「サンティアゴ・べラグアス」を離れ、首都に行くこととなりました(ちなみにこの「チョリーヨ」というチームは、例の、「本当はYojiを推薦する予定だったけど、ドナルドの気が急遽、変わって、ドナルド自身がプレーすることになったチーム」です)。そして僕も、「ついでに観光」のため、ドナルドに帯同し、2人で首都「パナマ・シティー」に向けて出発しました!!
 しかしこれが、またまた「予想外」の展開を生んでいくのでした…。
※ドナルドの故郷「サンティアゴ・べラグアス」から、車で走ること約4時間…。首都「パナマ・シティー」に到着!!伝説の「パナマ運河」を横断中!!イェーイ!!
2007年2月。ついに上陸!パナマの首都パナマ・シティー!! 058
※これが、パナマの首都「パナマ・シティー」じゃぁ!!!!!
2007年2月。ついに上陸!パナマの首都パナマ・シティー!! 075
※伝説の「パナマ運河」!!!!!一見の価値あり!!!!!
2007年2月。ついに上陸!パナマの首都パナマ・シティー!! 045
※「パナマ運河」に架かる、大きな橋…。美しい!!!
2007年2月。ついに上陸!パナマの首都パナマ・シティー!! 054
※その橋を走行中!!!ん~…気持ちエエ!!!
2007年2月。ついに上陸!パナマの首都パナマ・シティー!! 031
※「パナマ運河」なのに、なぜか「中国」の建物が…。さすが「中国」!!!恐るべし…(笑)。
2007年2月。ついに上陸!パナマの首都パナマ・シティー!! 044
※「パナマ地図」タオル!!!
2007年2月。ついに上陸!パナマの首都パナマ・シティー!! 049
 こうして上陸した、パナマの首都「パナマ・シティー」…。
 首都上陸後すぐ、ドナルドは、契約するチーム「チョリーヨ」に合流するために、その練習場に向かいます。「ついでに観光」のためドナルドに帯同している僕も、そこに行くことに…。
 ドナルドと共に、チョリーヨの監督、コーチ、選手、会長に挨拶…。そして、何が何だかさっぱりわけが分からぬまま、なぜか、明日、僕までチョリーヨの練習に参加することになってしまった……。
 えっ!!!???
 どういうことよ!!!???
 全く、「予想外」の展開が起こってしまいました。何と何と、ドナルドが契約する、チョリーヨというチームの練習に、翌日、参加することになってしまったのです!!
 ~~その日の、Yojiの日記には~~
 「2007年2月26日(月)パナマ上陸・6日目。……自分の中では、もうパナマでサッカーする気は全く無いに等しい状態だったが、ドナルドが契約するチームに挨拶に行ったら、なぜか明日、練習参加することになってしまった…。もう、今回の『パナマ挑戦』は、『パナマ観光』だと気持ちを切り換えていたのに…。 普通なら嬉しいはずの状況だが、正直、気持ちがスッキリしない自分がいる。なぜなら、自分の心の中には、『パナマでプレーしたい。』という気持ちが無いからだ。『やりたい』と思えないことに挑戦する意義は、果たしてあるのか!?しかも、ここチョリーヨの環境面も、サッカーのレベルも、想像を絶するほどヒドイ…。(つづく)」
 正直、かなり複雑な心境でした。自分自身の心は、「チョリーヨの練習に参加したくない。」と、ストップをかけている…。なぜなら、「人生最大の旅(なのに片道6000円)」を終え、やっとの思いで上陸したパナマで、「サッカー人生最大の修羅場」「サッカー人生最大のカルチャー・ショック」を味わった僕の中には、すでに「パナマでプレーしたい。」という気持ちは消滅していたからです。しかし、どうしても翌日、チョリーヨの練習に参加しなければならない「流れ」になってしまった…。中途半端な気持ちでプレーするのは、自分のポリシーに反する…。やはり、断るべきか?どうすれば良いんじゃ!?
 ~~その日の、Yojiの日記…(つづき)~~
 「……しかし、もう明日、練習参加する『流れ』になってしまった今、無心でやるしかないと思っている。こうなったら、あまり深く考えず、プレーをとことん楽しもう!それに、ドナルドと一緒に練習するのも、マラトンの時以来、実に1年半ぶりだ。こんな『縁』もそうそう無い。ドナルドに俺の成長を見せつけよう!!」
※チョリーヨのクラブ・ハウス。ここで約1週間、生活することになりました。
2007年2月。Chorrilloのクラブ・ハウス。
 こうして、戸惑いながらも、チョリーヨの練習に参加することを決意したのでした。しかし実は、翌日、練習参加当日も、練習1時間前まで、「練習参加すべきか?しないべきか?」で、葛藤を続けていました。やはり、「やりたい」と思えないことに挑戦するのは、どうしても気が進まなかったのです。特に「サッカー」に関しては、中途半端な気持ちでプレーしたくなかった…。
 しかし……。
 2007年2月27日(火)
 「パナマ上陸・1週間経過」」
 チョリーヨ練習参加当日。
 ついにチョリーヨの練習参加が始まりました。
 いざ、練習が始まってみると、それまでの「葛藤」が嘘のように、気持ちは吹っ切れ、とことん練習を楽しめました。
 しかし、無事、練習終了と思われた終盤……。
 ボキッ………。
 「はうあぁっ!!!!!!!!!!!!」
 グランドにうずくまるYoji……。一体、何が!?
 何と、凸凹のグランドに足をとられ、右足首をひねってしまいました。
 Yoji、負傷。
※腫れて、膨れ上がった、Yojiの右足首…。
2007年2月。ギャー!Yoji、足首負傷!(パナマ)
※ちなみにこちらは、チョリーヨのクラブ・ハウスに住む、コロンビア人選手と、アルゼンチン人選手ですが…。
2007年2月。みんな足首負傷!!(パナマ)
※彼らの足元に注目!!僕と同じ箇所を怪我しています!!ええ!?彼ら曰く「あのグランドで練習すると、1週間に1度は、こういう怪我をする。」とのことでした。どれだけ劣悪な環境か、想像できますか!?
2007年2月。パナマ・シティーで野球観戦!!などなど…。 028
 「まさか」の事態が、起こってしまいました。こうして、当分は、サッカーできなくなってしまいました…。
 さらに、チョリーヨのクラブ・ハウスのベッド…。
※これが、僕が寝ることになったベッドです(ちなみに枕は無いので、服を丸めて、枕代わりです)。一見すると、普通のベッドですが…。
2007年2月。Yojiのベッド(?)じゃけど…。
※小さっ!!!膝から下が、はみ出しています…。これは、ネタとしてはおもしろかったですが(笑)、寝ても寝ても疲労がとれないので、かなりキツかったです…。腰も痛くなりました…。しかもこの後、クラブ・ハウスをドナルドと共に出て、住む場所が決まらずいろんな所を転々とする日々を送ることになり、疲労も極限に達しました…。
2007年2月。ついに上陸!パナマの首都パナマ・シティー!! 082
 次から次に起こる、信じられない出来事…。
 僕はこの時、以前、見た、とある「漫画」を思い出しました。
 「グラップラー刃牙」
 …この「グラップラー刃牙」という格闘漫画に出てくる、合気道の達人、渋川剛気にまつわるエピソードで、こんな興味深い話がありました。
 合気道を極めるべく、血のにじむような修行を積んでいた渋川剛気が、ある日、師匠に、
 「『真の護身』とは、一体、何なのでしょうか!?」
 と質問しました。
 すると師匠は、こう答えたのです……。
 「お前のように、相手がかかってきたら、こう倒して、こう攻めて…ということばかり考えているようでは、まだ下の下。『真の護身』が身に付けば『技』は無用…。危うきには出会えぬ。己の危機に気付くまでもなく、そこに辿り着けんのじゃよ…。」
 ……「危うきには出会えぬ。己の危機に気付くまでもなく、そこに辿り着けんのじゃよ…。」
 この時、まだ若かった渋川剛気は、この師匠の言葉の意味がまるで分かりませんでした。
 しかし年月がたち、渋川剛気が、超強敵、ジャック・ハンマーと対戦する際…。不思議な現象が起きたのです。
 ジャック・ハンマーと対戦するために、試合会場に向かおうとする渋川剛気ですが、なぜか何度も滑って転んだり、メガネが壊れたり、停電が起こったり…挙句の果てには、目の前に、大きな大きな門の幻影が見えたり、大海原の幻影が見えたり……その試合会場に渋川剛気を「辿り着けない」ようにする現象ばかりが、次々と起こったのです…。その時、初めて渋川剛気は、以前、師匠が言った言葉の意味が分かりました。
 「危うきには出会えぬ。己の危機に気付くまでもなく、そこに辿り着けんのじゃよ…。」
 渋川剛気の肉体は、精神は、脳で考えるよりも早く「危機」を察知し、試合会場に行くことを拒んでいたのです。しかし、それでも渋川剛気は、強引に試合会場に向かい、そして、案の定、ジャック・ハンマーにボコボコにされて敗れてしまったのです…。
 これは、今の自分の状況と同じでは…?
 僕はそう思いました。
 僕にとって、「パナマ1部リーグ」でプレーすることは、「相応しくない」「間違った」道なのです…。だから、渋川剛気じゃないけど、こうして、僕を「パナマ1部リーグ」に近付けまいとする出来事が、次から次に起こるのです…。
 「自分にとって相応しくない場所には、挑戦するまでもなく、そこに辿り着けない。」
 神の声が聞こえたような気がしました。
 これからは、本当に自分が「やりたい」と思えないことには…、魂が響かないことには…、はっきりと「やりたくありません。」と断ることも大事だなぁ……と勉強になりました。まあ、「やりたい」と思えないことでも、実際、やってみたら、案外、楽しかった…ってことも結構あるので、難しいのですが…。
 こうして、数々の「修羅場」を経て、渋川流「真の護身」を身に付けた、Yoji…。これからは、「道明Yoji」…改め、「渋川Yoji」を名乗らせていただきます(笑)。
 この後も、驚くべき、貴重な体験をしていくことになるのでした…。
 つづく
※美しい夕日に照らされる、「パナマ運河」。
2007年2月。パナマ運河!!美しい!

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『パナマ編 ~その3~』 人生の法則。「自分に相応しくない場所には、挑戦するまでもなく、そこに辿り着けない。」」への11件のフィードバック

  1. こ、これが伝説のパナマ運河・・・!! おそるべし華僑ですw
    僕も最近就職活動で、立て続けにぽかミスをしてしまいました。書類選考に受かって安心して、筆記試験を申し込んでなかったんです!結局ご縁がなかったのだと、自分に言い聞かせてます。それでも、ショックはショックですよ(;>д<)

  2. なんだか、想像を絶する環境ですね。
    身体が資本だから、無理はしたくないし、それに明日がある身としてはそんな環境でやりたくないですね。
    行ってこそわかるものもあって、いい経験だった(怪我は別として)ということになるので…。お疲れ様でした。
     

  3. Zigzagさん。
     
    お元気ですか?コメントいつもながら、ありがとうございます。Zigzagさんも、「渋川流・真の護身」を身に付けましたか!(笑) 「それでもショックはショックですよ…」気持ちは本当に分かります。パナマでは、別に自分が「やりたい」と思えるものが無かったのでショックはありませんが、「ジャマイカ挑戦」は、心から「やりたい」と思ったことだったので、やはりショックはありました。しかし、結局、僕達は、自分にとって「ベスト」な道を、「自分自身」で選択して進んでいるのだと信じてます。僕にも、Zigzagさんにも、この先、必ず「ベスト」の就職先が決まります。…ひょっとしてZigzagさん、「オマーン」で就職とか!?(笑) 今後も、笑顔で前に進んで行きましょう!!

  4. さん、こんにちは!
    お久しぶりです。ホンジュラスのたまみです。
    最近、テグシガルパに行ったのですが、そのころにはYojiさんはもうパナマにいたんですね。
    今は、どこにいるのでしょう?まだパナマ?
     
    とにかく、全てよい方向にいきますように!!!応援してます!!!
     
    (さっき、コメント打ち始めた途端に、投稿してしまってました。。。)

  5. たまみさん。
     
    コメントありがとうございます。そうですね。テグシガルパでは入れ違いになりましたね。個人的には、テグシガルパ…好きです。ホンジュラス人とパナマ人とでは、全く人間味が違います。たまみさんは、ホンジュラス生活…まだまだ長いですね。治安が悪いので、くれぐれもお気をつけ下さい。では!

  6. asiandreamさん。
     

    コメントありがとうございます。元気になられましたか?「行ってこそ分かるものもあって…」おっしゃる通りです。多くの人は、この「行ってこそ…」さえ、せず、「あーしとけば良かった。こーしとけば良かった。」と言うと思います。僕は、それだけは絶対に、嫌です。もう、パナマのサッカー事情が分かったので、自分の中では、それだけでも大きな収穫がありました。
     
    環境が悪くても、レベルが低くても、自分が「やりたい」と思えるものがあるなら、問題無いんです。前回記事で紹介した、「パナマの怪人」デリー・バルデス兄弟も、現役最後に「パナマ1部リーグ」でプレーしたのは「故郷への恩返し」という「やりたい」ことがあったからだと思います。僕も大学卒業後、母校のサッカー部でコーチした時は、環境も悪かったし、レベルも低かったし、給料さえもらえなかったけど、「お世話になった先生(監督)や、サッカー部、故郷に恩返しがしたい。」と心底、思ったから、「やりがい」をもって、「充実感」を感じながら、できました。パナマでも、そういう「やりたい」と思えるものがあれば良かったのですが、残念ながら見つからないので、挑戦しないことにしました。サッカーに関しては、中途半端な気持ちで「挑戦」はしたくないですしね。
     
    長くなりました。また、いつでも遊びに来て下さい。

  7. おひさしぶりです。
    足、ものすごく腫れてますね。私は捻挫癖があって、普段普通に歩くだけでも足首が腫れたりするのですが、そこまで腫れるとさすがに歩けません(笑
     
    私はまだ、自分の道が相応しいのか相応しくないのか、よく分かりません。
    ただ、きのう、たまたま、自分のやりたいことを思いっきりやってる人と知り合う機会がありました。
    顔が輝いてるんですよね。
    今の私には出来ない顔でした。

  8. 公公さん。
     
    お久しぶりです。まだ広島ですか?お元気ですか?
     
    「自分のやりたいことを思いっきりやって、顔が輝いている…」人との「縁」を、どうか大事にして下さい。そういう人は、周りの人まで「幸せ」にするオーラを持っています。公公さんは、その人の顔が「輝いている」と気付いています。本当にどん底まで「マイナス・オーラ」に染まってしまった人は、そういうことさえ、気付きません。だから、公公さんには、まだまだ「輝く」チャンスは、たくさん残されています。
     
    「自分に相応しい場所なのかどうか、分かりません。」…「(輝いた)顔になれない」…その時点で、ひょっとしたら、答えが出てるのかもしれませんね。これは、あくまでも僕の場合ですが、本当に自分に「相応しい場所」で、「やりたいこと」をやっている人は、そういうことさえ、考えないと思います。
     
    公公さんがとにかく、毎日「笑顔」で「充実感」を感じながら、「やりたいこと」を全力でやれる日々を送れることを、心より祈ってます。この「やりたいこと」が何なのかがはっきりしていれば、そういう毎日は、自然と導かれると思います。
     
    応援しています!!では、またいつでも遊びに来て下さい!!

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