「この人」がいたから今の自分がある…。人生の分岐点にいつも現れて、救ってくれた、薫先生(監督)。今だからこそ「感謝」を込めて…。


 

 どうも!Yojiどす!ただ今、4週間OFF無しでトレーニングと試合を繰り返しております!けど、成長を感じる日々です!
 
 
 前回のブログ(☜)では、何ともYojiらしくもない、記事となってしまいました。『笑顔』がモットー(☜)のYojiが、『悔しさ』をテーマにしたブログを書いたんですから…。
 
 実は、あの記事を書く前、書こうかどうか迷ったのですが、「こういうキツい事もある。その上でいかに『笑顔』になれるかを、テーマにしていけば良い」と思い、あえて書かせていただきました。
 
 結果、たくさんの人から励ましの言葉をいただき、「心配をかけてしまって申し訳ない…」という気持ちと、逆に、これだけの人に心配してもらえる事を、素直に「幸せ」だと感じました!本当にありがとうございました!(涙)

 
 
 

 今日は、ホンジュラスでの生活とは、全く関係のない記事を書かせていただきます。

 
 
 

 中学時代…。僕は中学入試をして、とある広島の私立の進学校に入学しました。
 
 小学時代は勉強に自信があったのですが、中学に入ってからは、慣れない、親元を離れた寮生活、寮での先輩からのイジメ、学校や部活内での先輩からのイジメ、先生との確執…なども影響し、成績はどんどん落ち込んでいきました。
 
 しかも、成績が落ち込むから、先生に怒られ、親に怒られ、余計に成績が悪くなる…という悪循環に陥ってました。私生活でも先生から怒られ、まさに踏んだり蹴ったりの状況…。グレて、ヤンキーになりかけてました(笑)。

 
 
 

 …ちなみに、サッカーを始めたのは、この中学時代からです。

 
 
 

 高校は、中学の付属の高校に進学しました。ここで、僕のクラスの担任に就任したのが、この高校サッカー部の監督でもあり、今日のタイトルにも書いた『薫先生』(佐々木薫先生)です。
 
 
 
 
 この出会いが、僕の人生を大きく変えました。

 
 
 

 中学時代、先生に対して納得できない事、おかしいと思う事…を主張し、いつも対立してました。もちろん、まだ子供ですから、理不尽な事を言って先生を困らせた事もあったと思いますが、それ以前に、僕の言う事に聞く耳すら持ってない先生がいたのも事実です。
 
 
 
 しかし、高校で知り合った、この薫先生は違いました。

 
 

 中学時代の先生が、僕の事を鼻から「どうしようもない悪ガキ」という目で見ていたのに対し、この薫先生は「Yojiは悪ガキじゃない」と言ってくれ、ちゃんとした1人の生徒…いや人間として見てくれたんです。
 
 
 
 そして、僕が何かあるたびに「これは~じゃないか?」「これは~した方が良いんじゃないか?」「これはおかしい」などと主張すると、その主張の1つ1つに対して、真剣に耳を傾けてくれました。「これは確かにYojiの言う通りだ」と認め、それを積極的に取り入れていこうとしてくれた事も、何度もありました。
 
 僕の記憶では、薫先生が、僕の意見を鼻から否定した事は、ただの1度として無かったです。…これは凄い事ですよ。年齢もだいぶ上で、先生としても、1人の人間としてもたくさんの経験を積んでいる人が、たった1人のガキの言う事に対して、ここまで聞く耳を持てるでしょうか?
 
 薫先生は、僕に対して1人の人間として、上から物事を言うのではなく、いつも対等な目線に立って話をしてくれました。それが凄く嬉しかったです。本当に尊敬してやみません。

 
 
 

 サッカーにおいても、薫先生は監督として、僕に大きなものをもたらしてくれました。
 
 僕の高校サッカー部は県内でも特に目立った実績は無く、そもそも学校自体が進学校なので、部活動より勉強がまず優先されます。そんな環境の中でも、薫先生のサッカーに対する情熱は半端じゃなく、自費でバスを購入し、自分で運転して、試合や遠征に繰り出していました。
 
 そして、試合においては、1年生の時から僕を先発で使ってくれました。
 
 1年生の頃は、自信も無く、実際、試合でもミスを連発していて、先輩GKの目を気にして、試合に出たくない時もあったほどです(笑)。それでも薫先生は僕を試合に使い続けました。そして「Yojiは県内の高校でも5本の指に入るGKだ」と言って、僕に勇気と自信を与えてくれました。

 
 
 

 高校3年生時…。僕にとって、人生最初の『分岐点』が訪れました。大学進学です。
 
 しかし僕は高校時代も勉強の成績は振るわなかったので、進路をどうするべきか、「人生の岐路」に立たされていました。
 
 自分の心の中には「大学に行って、高いレベルのサッカー環境に挑戦したい」という気持ちがあったのですが、進学校で、弱小サッカー部のこの高校では、大学で体育会の部活に入る…なんて事自体が、非常識な事でした。だから、自分の心の中にある「高いレベルでサッカーしたい」という気持ちを、言葉で表現する事自体、「恥ずかしい」…というか、自分自身、そこまでの自信が無かったんです。

 
 

 …けど、薫先生は、僕の心「高いレベルでサッカーしたい」…を察してくれたのか、いろいろレベルの高い大学サッカー部についての情報を調べてくれ、立正大学指定校推薦枠を僕に紹介してくれました。…この先生の紹介により、僕は立正大学の指定校推薦枠をもらい、大学進学できたんです。
 
 
 
 …そしてこれが、僕にとって正に「ビンゴ!」でした。
 
 
 
 立正大学の体育会サッカー部に入部した事が、僕のサッカー人生の中でも、最も大きなターニングポイントになったと言っても過言ではありません。
 
 
 
 もし、この時、薫先生に指定校推薦枠を紹介してもらってなかったら、僕は、今頃、どうなってたか分かりません。ジャングルで蛇食って暮らしていたかもしれません(笑)。
 
 正に、薫先生は、人生の『分岐点』で、僕を救ってくれました。感謝しても、しきれないくらいです。

 
 
 

 立正大学体育会サッカー部に入部してからは、レベルの違いに戸惑う日々でした。「カス」のような扱いを受け、完全に自信喪失してました。
 
 しかし、長期休暇で地元に帰省した時は、薫先生がいつもご飯をごちそうしてくれたり、「Yojiは広島県内の同世代の中でも屈指のGKだ」と言ってくれ、自信と勇気を与えてくれました。
 
 薫先生から、僕の可能性を否定する言葉は、ただの1度も聞いた記憶がありません。薫先生の言葉から、何度、僕は勇気をもらった事か…。ただ、ひたすら、感謝です。

 
 
 

 大学卒業後…。目標だった『プロサッカー選手』にはなれず、傷心と不安に満ちて、広島に帰ってきました。サッカーの世界にも嫌気がさし「もうサッカー辞めよう…」と真剣に考えてました。「ボールを見るのも嫌」…そんな状況でした。
 
 
 
 そんな時、薫先生が僕に「内の高校サッカー部で、コーチやってみるか?」と言ってきました。
 
 
 
 正直、「もうサッカーはいいよ…」って感じだったので、乗り気じゃなかったです。けど、「まあ、まず練習を見に来いや」と言われ、渋々、久々、母校のサッカー部のグランドに足を運びました。

 

 …そこで、決してうまくない選手達が、ひたむきに、純粋にボールを蹴ってる姿を見て、僕は感動しました。その瞬間、僕の心の中で消えかけていたサッカーの『火』が、またメラメラと燃え始めたんです。
 
※当時の事を書いたブログ⇒【人生最高の日々。全てはここから始まった。中国初上陸!】(☜)
 
 
 
 この時の僕は、正に人生の『分岐点』に立たされていました。もし、薫先生が「コーチやってみるか?」と誘ってくれてなかったら、間違いなく、今の僕…『プロサッカー選手』になったYoji(☜)は存在しません。
 
 
 薫先生が僕の人生の『分岐点』に現れ、救ってくれた事は、1度や2度ではありません…。正に『恩人』です。

 
 
 

 高校サッカー部でコーチをした時も、薫先生は、僕が高校生だった時と、全く変わらないスタンスでした。
 
 まず、僕が大学サッカー部で経験した事に対して敬意を持ち、同じ目線に立って、話や意見を聞いてくれる。練習メニューなどのアイデアも積極的に取り入れてくれる…。いつもご飯を一緒に食べながら、サッカーに対して、人生に対して、前向きな話ができる…。薫先生と話すと、自然と元気が出てきます。薫先生に会って話をするのが、本当に楽しみでした。

 
 
 

 それから中国、アメリカでなかなかプロになれなかった時期も、広島に帰省した時は、いつも家に招待してくれたり、ご飯を食べに連れて行ってくれたり、人生についてプラスになる話をしてくれたりして、僕にパワーと希望を与えてくれました。正に、僕の人生を、プラスに導いてくれた人物の1人です!!

 
 

 プロになった今だからこそ、ちょっとキツい事があった今だからこそ、感謝の気持ちを込めて…。薫先生、本当にありがとうございます!!これからも日々、笑顔で精進し、もっともっと大きな舞台に立てるよう、前に進んでいきます!!

 
 

 以上です!!

 
 

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「この人」がいたから今の自分がある…。人生の分岐点にいつも現れて、救ってくれた、薫先生(監督)。今だからこそ「感謝」を込めて…。」への2件のフィードバック

  1. 每个人在人生的旅途中都会遇到这种给自己力量,拥有莫大影响力的人,重要的是你怎样去接受并把它变成自己的力量,你的努力和现在的成绩就是对老师的回报!
     
    我并没有到上海工作,只是去研修了2星期,回到东京的小商社工作!
    我现在也站在人生之路的交叉点上,是继续留在日本工作呢,还是回中国呢,自己也很矛盾,自己的选择在决定着今后的人生的活法!当我意识到这一点的时候,突然很紧张,很想认认真真的思考一下,或者是找个人商谈一下!可是却很无奈,,,,,
     
     

  2.  まず、復活されたようで何よりですヾ(〃・ω・)ノ♪お休みがないようですが、体調は大丈夫でしょうか?
     私も中・高の恩師のおかげで、今上海というフィールドに立ててるんだと思います。恩師への誓いがなかったら、とっくに中国進出の夢はあきらめていたハズ。そういう人にめぐりあえたこと自体が、すごく幸せですよね。
     今度広島に帰られるときはまさに「故郷に錦をかざる」ですね!!最高のプレイヤーとしてご活躍されることを心から楽しみに、また祈っております(´^ิ益^ิ`)ノ

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